【2015年版】今年頂いた数十枚のアルバムをシャッフルして気付いたこと

ジェッジジョンソン藤戸です。早いもので2015年もあと80日ちょっと。あっという間でした。今年は5年振りのフルアルバムを発売するという大きな大きな出来事が有りました。それがiTunesオルタナチャートで1位取るなんてメンバーもレコード会社も予想してませんでした。皆様のお陰です。有難うございます。そしてライヴ映像DVDも発売になりました。こちらも初回分増産出荷というレコード会社も想像してなかった事態(ツイッター参照)に。ホントありがとうございます!! そしてこの場を借りて(この場で言うな)お伝えすることが御座います。

DVDを注文して「入荷未定」といわれた方々が居ると思いますが、あのDVDは初回生産&増産分のみで、永久に販売するものでなく、店頭に並んでいるのみで終了です。実は限定モノってことです。発注があっても生産は行われません(まぁデジパック装丁だしな)。なので店頭で見つけた際はお買い求め頂けれると! そしてあと2枚、今年はアルバムが出ます。諸々の事情で正式アナウンスが遅れています。もうしばらくお待ちを!!

 

ジェッジに限らず僕の友人・知り合い・後輩・先輩方も今年リリースする人が多く、10月現在だけでメジャー・インディー併せて80枚も頂きました。例年の倍です。アルバム売れなくなってる冬の時代のはずなのに。そしてダウンロードデータで頂くことが多くなりました。時代ですね。 頂いたデータ(CD含む)はMacBookのiTunesに取り込んでプレイリストに突っ込んでます。雑務&移動の際に今年頂いた音源たちをシャッフルして聞くことが多いのですが「去年から思っていた事」が、今年は更に顕著になったと感じました。一体何を(個人的に)感じたのか、備忘録も兼ねて箇条書きして残しておこうと思います。そして出来ればこの文を「共に音楽を作っている仲間」や「これから音楽を志す」方々に読んで頂けたらと思います。一般の方が観ても、多分何を言ってるのか判りません。おおよそは「感じてくれる」と思いますが、ぶっちゃけ音楽を作っていない方々にはどーでもいい話です。あと特定の誰かの話をしてません。勘違いしてブチ切れて電話掛けてこないよーに!!

 

 

【2015年版】 今年頂いた数十枚のアルバムをシャッフルして気付いたこと

 

 

「持ちうる人」と「持たざる人」で作品の「仕上げ」のクオリティの格差が更に開いた

楽曲やメロディの良し悪しの話では無いです。そんなのは個人の趣味ですし、ここでは「全員素晴らしい曲を書く人」という前提で話します。 仕上げまでの工程の話です。仕上げまでの工程でクオリティに明暗がクッキリ出ちゃってます。せっかくの良曲もカッコイイ佳曲も、全部「工程」の段階でクオリティがダウンしてます。以前もブログに書きましたが、アルバム1枚作るまでの大まかな流れは

楽曲制作(DTMとかレコーディング) →ミックスダウン(録音した音をLRのステレオファイルに纏める) →マスタリング(音圧や音色を調整する) →完成

ココ数年でPCの性能が飛躍的に進歩したこと、そして音楽制作の関連ソフト(機材)が手頃な値段で買えるようになって、10年前は上記の工程を専門で行うエンジニアやスタジオが必要だった事が、いまでは誰でも可能になりました。完成したアルバムはメジャーインディー問わずレコードショップに並びます。

が!

音やアレンジなど含めたクオリティの違いが歴然・・・と感じた方、作り手&リスナー問わず、多くないですか?「持ちうる人」と「持たざる人」のクオリティの差が更に開いちゃったなぁと感じました。

 

ズバッと本旨を云うと

せっかく良い曲を作れる人なのに、何でも一人(少数)で完結出来る時代のせいで、自分が出来ない(技術が無いor性能が無いorお金が無い事を理由にケチって)ミックスダウンやマスタリングまで手前で作業して、自分のクオリティがどれぐらいか他と比較せずに完結させた結果、とても売り物のレベルじゃ無い音質(アレンジ)の作品をレコードショップ(もしくはネット)に陳列して、逆に評価が下がってる人が多すぎると感じました。

今は昔と違って誰でもリリース出来ちゃうんです。レコードショップにも(全国発売は難しいですが)特定の系列ショップだけ並べるとか可能なんです。資本が無いなんて今の御時世、言い訳になりません。ニコ動YOUTUBEに限らず自己完結・低予算で怪物のような作品を仕上げる人が事実存在します。

 

要は個人の「性能差」が浮き彫りになってしまう、リテラシー(もしくは客観性)の無い人は淘汰される凄まじく怖い世の中に突入したと思ったのです。

 

 

表題の「持ちうる人」というのは(良い曲を書くセンスの持ち主という前提で、かつ) 「資本がある人」 「作曲以外の性能(ミックスやマスタリングのスキル)を持つ人」 「客観性をもつ人」で、

「持たざる人」というのは(良い曲を書くセンスの持ち主という前提で、かつ) 「資本が無い・もしくはケチった」 「作曲以外の性能(ミックスやマスタリングのスキル)がヘタな人」 「客観視出来ない」人という意味になります。

 

勿論インディーでもガンガン自己投資する人も居ます。資本が無くても「持って生まれた性能」で自分一人で全ての工程を担当して、とんでも無い素晴らしい作品を作る方も居ます。(後者に関しては正直言います。そんなマルチな人、稀です

その差が明白になってしまったと感じたのです。過去は一人(少数)で完結することが資本的にも技術的にも難しく、必ず作業工程に「その道のプロ」が強制介入されました。エンジニアという方々です。良くも悪くも、その人達が介在する事によって「良い曲を書けるセンス」が有れば他の作業はプロの方が対処してくれて、一定の担保(クオリティ)が保てたのです。その「バランス」が崩壊しているんです。

 

クリエイターは誰しもリリースの時に「全てを注ぎました」「まごころを、気持ちを込めました」「持てる全てを出し切りました」と言います。当たり前です。みんなそうです。そもそも「対価を払って買ってくれる人」がいる以上、そんな気概は初期設定です。

 

でもホントにそうなの?

自分でミックスやマスタリング出来ないならプロに頼んで「更に良い物を作る」手段は思いつかなかったのか。何故それを怠ったのか。怠った理由が「お金が無いから」「安上がりだから」だったらもう最悪です。真心なんか込めてないし、持てる全てなんて注いで無い。借金してでも自分が良いと思う最高の作品を、誰かに届けなさい。1億借金しろとかそういう話ではないです。ぶっちゃけアルバムなんてプロを介在しても50万以内で完結出来る世の中です。それすらケチっているのにショップに並べて金銭で受け取ろうとしている人が多すぎるし、なにより「無料配布レベルの作品」が多すぎです。これじゃあ音楽業界が萎むの当たり前だし、巨大な資本と宣伝のコネクションを持っている大手の芸能事務所のアーティスト、要は「目に映る範囲のモノ」だけで「世間は満足」してしまいます。

 

余談ですが僕はよく、SNSで「他アーティストの宣伝」をします。うがった見方をするネガティブな人から「敵に塩を送るような行為」と揶揄されます。実際そうかも知れません。宣伝したアーティストのアルバムを買ってしまったが為にジェッジのアルバム(もしくはライヴのチケット)を買えなくなるケースだって想像できます。

でもね、リスナーの立場に於いてなら理解してくれると思いますが「自分が好きになったアーティスト、自分が好きになった音を、声を大にして誇ることの何が悪い」って思うんです。自分がオススメしたアーティストを他の誰かが気に入ってくれる。これってとっても嬉しいって感じた事有りませんか?自分のセンスが間違って居なかった、って思ったこと有りませんか?(優越感とかじゃなくて。) 仲間だからとか、友人先輩後輩だからとかで「宣伝」したことないです。良いから「言いたい」んです。誰もがそうであるように。

 

踏まえて本題に戻すと、どんなに近い友人・後輩といっても「一切SNSで発言しない」アーティストも居ます(詮索しないように)。理由は簡単。明らかに「クオリティが一定水準まで届いてない」からです。

手を抜いたかケチったか自分は全部出来るんだと慢心したか理由は知りませんが、とても売り物のクオリティじゃ無い。そういう作品は友人であろうが一切口にしません。そんな作品を口にして「アイツがオススメしてるモノだったけど聴いてみたらゲー!」とか言われたくないもん。当たり前です。ジェッジのWEB担当チームが広告代理店という職業柄か、友人知人のエゴサーチまで(恐)スクショ取って送ってくれます。実際「コレ、ケチったよね・・」と思う作品をリリースした友人後輩がSNSで、彼らのリスナーから「当然の指摘」をされているのも目にします。「うわ何このアルバム音こもってるじゃん10年前の音じゃんアレンジも数世代前じゃん」とか突っ込まれてるの観て「うぁぁぁぁー!ソコ突っ込むなぁぁぁぁー!実は打たれ弱いヤツなんだからぁぁ!」とか血涙を流す事もあります。でも大概、手を抜いたと思われても仕方ない作品です。ここがクリエイターとしても友人としても悔しい。

 

僕が今年頂いた80枚を超えるアルバムをiTunesのプレイリストに入れてシャッフルをした時、クオリティの差が浮き彫りになるのです。音がこもっていたりシンセの音色がボケていたり。妥協せずに遂行していたら、君の子供と同義である、君が産みだした「その楽曲たち」は、もっと評価されているはずなのに、と。(注;一定のクラスタ内、という意味です。一般的なメジャー・インディーの境目は「宣伝」という、意識されない巨大な空中戦が前提の話なので。)

 

 

【総括】

・テクノロジーが進歩して個人で完結して作品を世に出す環境が整った。

・金銭的理由(を隠して)自分で(もしくは安上がりで)完結して販売する人が増えた。

・→結果、良い作品と悪い作品が楽曲云々以前の段階で明確になった

・そんなもん今の御時世、見抜かれるわ。

・特に資本なんて皆無が前提のインディーシーン(一部のメジャー)でクオリティの差が浮き彫りに。

・本来クリエイティブ主義である自主制作シーンが低クオリティという事態。

・トップ(大資本大事務所)とアンダー(無資本無所属)の差がクッキリ。

・結果、中間層が激減した。中間層が活気だつ事が「その分野」の隆盛のキーなのに。

・この業界の衰退の要因のひとつは、お上でもリスナーでも無く、境目の無くなった「アーティスト」という職業のクオリティも要因のひとつ。

 

 

そもそも「自称ミュージシャン」とか「自称アーティスト」って言葉が話題になる時点で過渡期なんですよね。「自称野球選手」「自称サッカー選手」って無いですよね?スポーツと芸術の違いってのは逃げです。明確化出来るように巨大な権力が維持してるってのが正解ですが、逆に云えば「どうして音楽はそういうのが機能しなくなったの?」という根幹に抵触する凄まじい話に広がるし、本件では除外しましょう。

 

誰でも作れる世の中なのだから、本来届けるべき、伝えるべき「事」が剥き出しになる時代だから、性能さえも浮き彫りになる時代だから、「よりいっそうの、広義での努力」が、アーティストを名乗る私達に必要なのではないでしょうか。

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